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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7086号 判決 1955年10月28日

原告 国際交通株式会社

被告 東進産業株式会社

主文

被告は原告に対し金七十七万三千六百円、及びこれに対する昭和二十八年九月二十日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告はその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金二十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、被告は原告に対し金八十万円、及びこれに対する昭和二十八年九月二十日から完済に至るまで年五分の金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決、並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告会社は自動車タクシー運輸業を営む株式会社であり、被告会社は土木請負業を営む株式会社である。

二、原告会社は、原告会社所有に係る東京都文京区同心町三十四、三十七、三十九、四十、四十一、各番地を合せた公簿面積五百三十九坪六合八勺、実測面積五百七十五坪三合八勺の土地全域を充てて原告会社の営業用自動車発着所を構築しようと企画した。右土地はほゞ方形をなしており、その北東面は春日町池袋間の都電面に水平に接着している、都電面から内部に進んでいくと西南部分三分の一位の地積が下向傾斜し、且つ他の三面はそれぞれ周囲地区より高くなつており、その状況は次のごとくであつた(別紙見取図≪省略≫参照)。

(a)  東南面は、幅員三十三間、高さ四尺位。

(b)  西南面は、幅員十八間弱。高さ三間半弱。方形石材で積み上げた石崖ですでに覆われている。

(c)  西北面は、幅員三十一間、高さ四間半。下部の高さ三間半位の部分が全幅員にわたり方形石材で積み上げた石崖で覆われている。

原告会社は営業用自動車発着所工事の手始めとして、原告会社自身の手で右土地の西南面下向傾斜部分に土盛して水平に整地することにしたが、それがためには右土地の西南及び西北の両面に石を築造して掩崖工事を施す必要があるので、この石崖築造工事を被告会社に請負はせることにし、昭和二十七年八月二十八日被告との間に大要次のごとき内容の土木工事請負契約を締結した。

(イ)  工事内容の骨子は左のとおりとする。

(1)  原告会社において西南面下向傾斜部分に埋土して地表を水平にする工事を進めるに応じて、できるだけ土地の利用面積を減少しない設計方法で、原告会社の使用目的に耐え得るように西南面の掩崖(石崖築造)工事を施すこと。

(2)  西北面の掩崖(石崖築造)工事を原告会社の使用目的に耐え得るように施すこと。

(3)  既存の石積部分を利用すると撤去するとは被告会社の裁量に委せること。

(ロ)  総報酬金八十五万円。

(ハ)  完成は契約締結後一ケ月以内。

しかして、右の請負契約には、工事の特異性に鑑み、特約として

(ニ)  本工事の施行中及び施行後において本工事個所に崖崩れを生じたる場合は、それにより惹起する総ての損害賠償の責任は被告会社がこれを負うものとする。但し地震等不可抗力による場合はこの限りに非ず、

との条項が附されていた。

三、なお、被告会社に対する請負金八十五万円の支払は、次に述べる降雨崩潰の時現在において金八十万円を払渡ずみで、差引金五万円を残すだけであつた。

四、ところで、右工事は同年十月末日に至りほゞ完成し僅かの部分未完了のために工事受取りに至らなかつた間に、同年十一月五日降り出した雨で西北面の石壁のうち中央部において全長の約五分の二が崩潰し、なお続く崩潰により附近の住宅人畜に危害を及ぼすことあるべき恐れが顕著となつた。

五、そこで原告会社は同月七日被告会社に対し再びかゝる危惧のない修繕を要求したが、被告会社の拒絶するところとなつたので、同月十一日被告会社に対し、予想される損害の増大と人畜災害の危惧はこの上躊躇していることを許されないから原告会社において他に復旧工事を依頼する旨、並びに、被告会社においてよつて生ずる原告会社の損害を賠償せねばならない旨を通告した次第である。

六、かくして原告会社は已むなく土木請負業訴外坂井三郎をしてその復旧工事を請負はせたのであるが、その際被告会社の施行状況を検したところ、被告会社の工事は当初の注文に反する著しく不誠実なもので、原告会社の営業用自動車発着所の構築に耐え得る程度の頑丈なものであるどころか地盤を支えるにも足りない程度の脆弱粗雑なものであつて、そのためわずかばかりの降雨にも耐え得ずに右のごとき崩潰をみたのであり、また崩潰にまでは至らなかつた西南面の石崖にも諸所に亀裂が生じてすでに崩潰寸前の状態にあることが判明した。よつて原告は全面の石崖を剥ぎとつて根本的に改修する必要があるものと認め、訴外坂井三郎をして右のような趣旨に従つて復旧工事を為さしめ、翌昭和二十八年一月末に完成をみ、同訴外人に対して復旧工事請負代金として金百八十一万六百円を支払つた。

これはひつきよう被告会社の不完全な施工によつて原告会社の蒙つた損害にほかならないから、被告会社は原告会社に対し右復旧工事請負報酬金と同額の百八十一万六百円の損害を賠償すべき義務がある。

七、よつて、被告会社に対し右損害金のうち金八十万円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十八年九月二十日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

と述べ、被告の抗弁に対し、

原告会社が(イ)既存の石積部分をそのまゝ利用しても危険がないことにつき、大学教授の専門家に鑑定させてその旨を被告会社に伝えたとか、そのことについて原告会社が保証を与えたというがごとき事実は全くない。また(ロ)被告会社が既存の石積部分が脆弱で本件工事の基礎とするのに危険であるとして、被告主張のごとき内容の注意勧告を為したとの事実は否認する。原告会社は一度もかゝる勧告を受けたことはない。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求はこれを棄却する。との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、

(イ)  原告、被告両会社がそれぞれ原告主張のごとき事業目的をもつ株式会社であること。

(ロ)  原告会社がその所有に係る原告主張の土地の上に営業用自動車発着所を構築しようと企画し、昭和二十七年八月二十八日被告会社と、総額金八十五万円、原告主張のごとき期限つきで右土地の西南、西北両面に出来る丈土地の利用面積を減少しない設計方法で、原告会社の使用目的に耐え得るような掩崖(石崖築造)工事を施す請負契約を締結したこと(契約条項のうち、既存の石積部分を利用するかどうかの点、及び、特約の趣旨の点については後に述べるとおりである)、及び、右土地の状況が原告主張のごとくであつたこと。

(ハ)  右請負工事は同年十月末日にはほゞ完成するに至つたが、同年十一月五日西北面の石崖のうち原告主張の個所が崩潰したこと(但し、工事は未だ引渡を了していなかつたとの点は否認する)。

(ニ)  その後、被告会社が同月七日及び十一日の両度にわたり原告会社から原告主張のような趣旨の復旧工事督促等の請求及び通知を受けたこと。

(ホ)  なお、請負報酬金受領の状況が原告主張のとおりであること。

の諸事実はいずれも認める。しかし、

(イ)  契約条項工事内容のうち、西南、西北両面にある既存の石積部分を利用すると撤去するとは被告会社の裁量に委せられていたとの点は否認する。

契約は、当初、この既存の石積部分を利用してそれを基礎としその上に新しく大谷石を積み重ねる方法で石崖を築造する定めであつた。それが、その後、後に述べるような経緯によつて一部変更され、西南面に限つて途中にいわゆる踊り場を設けることになつたが、西北面についてはそれを設けず、且つ、既存の石積部分をそのまゝ利用してそれを基礎とすることにきまつていた点は、西南、西北面とも当初の約旨通りであつて、何等変更を加えられなかつたものである。

(ロ)  また、右の土木工事請負契約書には、特約として、原告主張のごとき文言が記載されていることは敢て争はないのであるが、この特約の意とするところは、請負人のいわゆる担保責任を明確ならしめたに止まり、更に進んで、民法第六百三十六条の請負人に対する免責の規定を排除することまで定めた趣旨のものではない。なお、工事は出来高に応じて順次引渡を了していたものである。

(ハ)  更に、石崖崩潰の原因が、被告会社の施工が不完全であつたのに因るものであるとの点は否認する。それは被告会社の石崖築造工事の基礎となつた既存の石積部分が脆弱であつたため、その上に新しく積み重ねた大谷石の重量に耐え兼ねて瓦解したのに因るものであつて、被告会社の施工部分には何等の欠缺はなかつた。また、西南面の石崖に亀裂が生じ全面を剥ぎ取らねばならない状況であつたとの点も否認する。

(ニ)  原告会社がその主張のような内容の復旧工事を訴外坂井三郎に請負はせ、同訴外人に請負報酬金百八十一万六百円を支払つたかどうかは不知である。

と述べ、抗弁として、

一、本件の石崖築造工事は、前述の約旨に基き、西南、西北両面とも、既存の旧い大谷石の石積部分を利用してその上に新に大谷石を積み重ねる方法で施工したものである。もちろん、被告会社が工事請負をなすに当つて、従来存した下部の石積部分の上に更に重量の加わる石崖を積み上げるのであるから、その下部の基礎となる部分がこれに耐え得るや否や充分検討して施工すべきものであるからこれを調査したところ、既存の旧い大谷石は脆弱でそのまま利用することは危険であると思料したので、被告会社は(一)石崖工事は基礎となる旧い大谷石の部分から根本的にやり直すべきこと、及び(二)石崖の高さが相当高くなるので、途中にいわゆる踊り場を設け、上辺を下部の地境(別紙見取図(イ)(ロ)(ハ)(ニ)C(ホ)の各点を結ぶ直線)より相当後退(同図面ABCの各点を結ぶ赤点線上まで)せしむべきこと、の二点を勧告した。これに対し、原告会社は(二)の点につき、西南面については、途中に踊り場を設け、地境線より約二間後退した線(同図面ABDの各点を結ぶ赤点線)上に上辺を築造することを承認したので、そのとおりの工事を施行したのであるが、崩潰した西北面については地表面積が減少するため踊り場を設けることを何んとしても承諾せず、且つ、(一)の点については、地境線上にある既存の旧い大谷石はそのまゝ使用しても差支ないと頑強に主張し、大学の教授で専門家の某に鑑定させ大丈夫だというのだからやれ、といい、被告会社はその基礎の点については責任を持てないと再三断つたのであるが、それでも良いからやれ、ということであつた。かような次第で、被告会社は西北面の石崖を、既存の旧い大谷石の石積部分を利用してそれを基礎とし、且つ、途中に踊り場を設けることなくその上に新しい大谷石を積み上げる方法で施工したのである。しかして、崩潰の原因はその旧い大谷石の基礎部分が脆弱であつたゝめ、その上に新しく積み上げた大谷石の重量に耐え兼ねて瓦解したのに基くものであつた。従つて、かゝる結果は、一に係つて、被告会社の十全なる注意勧告を無視して与えた注文者たる原告会社の指図保証に因つて生じたものというべきであり、被告会社の施工自体には何等の欠缺もなかつたのであるから、原告会社がたとえ崩潰によつて損害を蒙つたとしても、原告会社に対し前述のごとき勧告を為している以上、被告会社はそれを賠償すべき義務はない。

二、更に、損害額の点についてであるが、崩潰後被告会社はその復旧工事を迫られたので、完全に復旧するに要する工事費として金七十七万三千六百円の見積りを原告会社に出しておいた。被告会社は結局復旧工事を為すに至らなかつたが、かりに、他の者に右の復旧工事を請負わせたとしても、実際復旧工事に要する費用は右と同額とみるべきであつて、それ以上に費用がかゝるものとは認め難い。

と述べた。<立証省略>

理由

一、原告会社は自動車タクシー運輸業を営む株式会社であり、被告会社は土木請負業を営む株式会社であるが、原告会社は、原告会社所有に係る東京都文京区同心町三十四、三十七、四十、四十一各番地を合せた公簿上面積五百三十九坪六合八勺、実測面積五百七十五坪三合八勺の土地全域を充てて原告会社の営業用自動車発着所を構築しようと企画したこと。右土地はほゞ方形をなしており、その北東面は春日町池袋間の都電の通つている道路面に水平に接着しているが、都電に面している方から右宅地の内部に進んでいくと西南部分三分の一位の地積が下向傾斜し、且つ他の三面はそれぞれ周囲地区より高くなつており、その状況は次のごとくであつたこと(別紙見取図参照)。

(a)  東南面は、幅員三十三間、高さ四尺位。

(b)  西南面は、幅員十八間弱、高さ三間半弱。方形石材で積み上げた石崖ですでに覆われている。

(c)  西北面は、幅員三十一間、高さ四間半、下部の高さ三間半位の部分が全幅員にわたり方形石材で積み上げた石崖で覆われている。

及び、原告会社は営業用自動車発着所工事の手始めとして、原告会社自身の手で右土地の西南下向傾斜部分に土盛して水平に整地することにしたが、それがためには西南、西北の両面に石崖を築造して掩崖工事を施す必要があるので、この石崖築造工事を被告会社に請負わせることにし、昭和二十七年八月二十八日原告、被告両会社間に、右土地の西南、西北両面に、できるだけ土地の利用面積を減少しない設計方法で、原告会社の使用目的に耐え得るような掩崖(石崖築造)工事を施すこと、総報酬金八十五万円完成は契約締結後一ケ月以内、との定で被告が請負う旨の土木請負契約が成立した、との各事実はいずれも当事者間に争いがない。第一に争いになつている点は、右請負契約の工事内容として、原告が主張しているように、西南、西北両面にある既存の石積部分を利用すると撤去するとは被告会社の裁量に委せるとの定めであつたかどうかについてである。よつて先ずこの点から判断を進めることにする。

二、本件請負契約に定められた工事内容

原告は、西南、西北両面にある既存の石積部分を利用すると撤去するとは被告会社の裁量に委せる定めであつたと主張しているけれども、本件の請負契約書である成立に争いのない甲第三号証にはさような文言の記載はないしそのほか原告が提出している全証拠を検討してみてもかかる約定があつた事実を認めることはできない。却つて、証人塚田慶夫、(但し、後記措信できない部分を除く)、同富沢太郎、同篠原政義、同平田錠四郎の各証言、並びに、原告会社代表者荒川三治被告会社代表者丸山武治の各本人尋問の結果と、前掲甲第三号証、成立について争のない同第四号証の二及び四の各記載とを綜合すると、本件請負契約に定められた工事内容は次のごとくであつたと認められる。即ち、

(イ)  その状況の一部については、さきに、争いのない事実として摘記しているように、本件土地の西南面には、工事前からすでに下部二間位は大谷石、その上に尺角の房州石が四、五段位、合せて三間位の高さの石崖が、また、西北面には、下部二間位は大谷石、その上に同様の房州石が数段、合せて高さ三間半位の石崖がいずれも全幅員にわたつて存在していたのであるが、被告会社に石崖築造工事を請負わせるに当つて、原告会社の代表者荒川三治は被告会社の代表者及び係員(監督者、石工等三名)等と実地に調査して設計上の問題について種々打合せを為した際、既存の石崖をそのまゝ利用するかどうかの点についても検討された。これに対し被告会社の代表者等は旧い石崖を全部取り除かなくとも、上部の弱いと思はれる房州石を取り外しただけでその下部の大谷石はこれを存置せしめて基礎として利用して差支えないとの意見であつたので、原告会社はその意向に従つて施工せしめることにし、当初の契約においては、既存の石崖のうち房州石はこれを撤去して原告会社の指定する安全な個所に使用し、残存する旧い大谷石の石積部分はこれをそのまま利用して基礎とし、その上に新しい大谷石を積み上げる方法で石崖を建造する、旨を取極めるに至つた。

(ロ)  そこで、被告会社は右の約旨に基いて工事に着手したのであるが、着工早々にしてこの旧い大谷石は当初の見込と異なつて脆弱なものでこれをそのまま基礎として利用することは危険であると思料したので、当初の工事内容の一部を変更し、途中にいわゆる踊り場を設け、上辺を下部の地境(別紙見取図(イ)(ロ)(ハ)(ニ)C(ホ)の各点を結ぶ直線)より相当後退(同図面ABCの各点を結ぶ赤点線上まで)せしむべきことを勧告した(このとき、被告は、石崖工事は基礎となる旧い大谷石の部分から根本的にやり直すべきことをも勧告したと主張しているけれども、かゝる点まで勧告したものと認定することができないことについては後述のとおりである)。これに対し、原告会社は西南面については被告会社の勧告を容れて途中に踊り場を設け、地境線より三米五十糎後退した線(同図面ABDの各点を結ぶ赤点線)上に上辺を築造することを承認して右のとおりに工事内容に関する約定を一部変更し、これに伴つて生ずる請負報酬金増額分を更に支払う(甲第四号証の二及び四)ことを約したが、西北面については、地表面積が減少することを恐れた原告会社は途中に踊り場を設けることを承諾しなかつたため、被告会社はしからば第二の方法として旧い大谷石を一旦全部取り外して基礎工事からやり直すべきこと等の方法を特に勧告することなく、当初の約定に変更を加えずそのまゝ新しい大谷石を積み上げることにした(このときは、原告会社の、西北面の旧い大谷石の石積部分について専門家に鑑定して貰つた結果大丈夫だというからそのまゝ施工してくれと指図保証を為した旨の証人塚田慶夫の証言及び被告会社代表者丸山武治の本人尋問の結果の各一部は、これを措信することができないことについては後述のとおりである)、とこのように認めることができる。

三、被告会社の本件工事の施工状況

次に、被告会社の施工状況についてみるに、この点に関する証人平田錠四郎、同坂井三郎、同塚田慶夫、同富沢太郎、同篠原政義の各証言と、昭和二十七年十一月中旬原告会社が本件土地の西北面石崖崩潰の状況を撮影したものであることに争いのない甲第七号証の写真とを併せ考えると、被告会社は右の約旨に基き、西南西北両面にある既存の旧い房州石はこれを取り除き、旧い大谷石の石積部分には何等手を加えることなしにそのまま利用してこれを基礎となし、ただ、西南面においては途中に踊り場を設けてその上辺を地境線より三米五十糎後退せしめたが、西北面については新しい大谷石を積み重ね、いずれもほとんど垂直に近い角度で全部の高さ三間半乃至四間半位の石崖を築造したことを認めることができる。

四、西北面の石崖崩潰の状況とその原因

しかして、右の請負工事は同年十月末日にはほとんど完成をみるに至つたが、同年十一月五日西北面の石崖のうち中央部において全長の約五分の二が崩潰したことは当事者間に争いがない。この崩潰の状況についてみるに、原告会社が昭和二十七年十一月中旬本件土地の西北面石崖崩潰の状況を撮影したものであることにいずれも争いのない甲第七号証、同第九、第十号証の各写真と、証人平田錠四郎のこの点に関する証言とによれば、右崩潰の個所は旧い大谷石の部分から全面的に崩れ落ち、新旧の大谷石はばらばらになつて大量の土砂と共に低地部に押し出している状況である。よつて、右崩潰の原因について按ずるに、被告会社の施工した本件石崖は、前認定の状況から明かに推認せられるとおり、完成後全部の高さが三間半乃至四間半位に及ぶ相当高い石崖であり、且つ、新しく積み重ねた大谷石の重量もまた相当大きかつたと認められるのに、石崖はほとんど垂直に近い角度で築造されたのであるから、その重量のほとんどが下部の旧い大谷石の石積部分の負荷となつたと考えられる事実、及び、前認定の崩潰の状況を考慮し、他方、原告会社の監査役で本件工事における原告会社側の監督者であつた証人平田錠四郎、被告会社の社員で本件工事における被告会社側の監督者であつたと認められる同塚田慶夫、本件工事に石工として関与した同富沢太郎は、いずれも等しく、右崩潰の原因は基礎となつた旧い大谷石の石積部分が脆弱であつたため、その上に新しく積み重ねた大谷石の重量に耐え兼ねてこの部分が先ず瓦解したのに基くものであつた旨を一致して証言している事実に徴し、崩潰の原因は被告の主張しているとおり、主として旧い大谷石の石積部分が脆弱であつたのに基くものであつたと判断する。原告は右崩潰の原因を被告会社の不完全な施工にあつたと主張し、証人前田健二郎の証言及び同証人の証言によつて同証人が崩潰前被告会社の施工状況を視察したときの記憶に基き、崩潰後復旧工事に対する注意書の趣旨で記載したと認められる甲第五号証の書面には、被告会社の施工は(イ)石積の際石面を水洗しなかつたこと、(ロ)充分の太さの鎹、ダボを充分な数だけ使用しなかつたこと、(ハ)正しい調合モルタルコンクリートを使用しなかつたこと等の諸点の欠陥があつたとし、これ等の欠陥が崩潰の主因であつた旨を記載しているが、仮にかかる欠陥があつたとして、かゝる欠陥が本件のごとき石崖築造工事に如何なる影響を与えるものなのかその程度についてはたやすく知ることができないし、この点について鑑定その他の方法によつて立証されておらず、且つ、前に崩潰の原因を認定するに当つて摘記した諸事実に対比して考えると、これ等の欠陥をもつて直ちに崩潰の唯一の、少くとも主要な原因を為したものと認定することはできない次第である。なお証人篠原政義は、下向傾斜部分に土盛をするに当り清土を使用しなかつた点に崩潰の主要な一因があつた旨の証言をしているが(前掲甲第五号証、証人前田健二郎もまたこの点に言及している)、この点についても前者と全く同一の理由で崩潰の原因として数えることができない。

五、西南面の石崖の損傷の有無とその原因

原告は更に、崩潰までには至らなかつた西南面の石崖にも諸所に亀裂が生じすでに崩潰寸前の状態にあつたと主張し、証人平田錠四郎、同坂井三郎の各証言と、原告会社が昭和二十七年十一月中旬本件土地の西南面の石崖を撮影した写真であることに争いのない甲第八号証によると、西南面の踊り場の上部被告会社の施工した石積部分に遅くとも昭和二十七年十一月中旬までの間に原告主張のごとき亀裂が生じていたことを認め得ないわけではないけれども、かゝる亀裂が発生するに至つた原因如何について按ずるに、この点について的確な証拠を欠く本件においては、結局、右損傷の原因を確定することはできないものといわなければならない。即ち、西南面は前述の如く、西北面のそれと異なり途中に踊り場を設けて築造されたものであるから、旧い大谷石の石積部分に負荷される重量は西北面のそれに比して著しく軽減されるばかりでなく、石崖全体が著しく強じんなものとなることはあまねく知られているところである。従つて、踊り場を設けなかつた西北面と同日に断じ損傷の主要な原因が旧い大谷石の石積部分の脆弱性にあつたものとにわかに断定することはできないし、さればといつて、前掲甲第五号証及び証人前田健二郎の証言で指摘されているような被告会社の施工上の欠陥等が西南の石崖にもまた存在していたものと仮にしてみても、かゝる欠陥の及ぼす影響の程度を知るに由ない事件においては、これ等の欠陥をもつて損傷の主要な原因であると判断することはできないし、或いは他にその原因があつたものなのか、これを認定するに足りるだけの的確な証拠がないので、原告が主張しているごとく被告会社の不完全な施工がその原因であつたか、或は被告が主張しているとおり旧い大谷石の石積部分にその原因があつたのか、いずれとも認定することは困難である、従つて、原告は、西南面の石崖もまた全部取り外し多額の復旧工事費を支出したと主張しているけれども、その損傷の原因が奈辺にあつたのか確定できない以上進んで損害の発生、数額等の点まで認定する必要がないことすでに明かであるから、以下においては西南面の損傷の点についてはこれを除外し、西北面の崩潰についてのみ事を論ずることにする。

六、特約の趣旨

前掲甲第三号証の記載によれば、本件の請負には原告が主張しているとおり、特約として、本工事の施行中及び施行後において本工事個所に崖崩れを生じたる場合は、それにより惹起する総ての損害賠償の責任は被告会社がこれを負うものとする。但し、地震等不可抗力による場合はこの限りに非ず、との条項が附されていたことが明である。しかして、この特約の文章と原告会社代表者荒川三治の本人尋問の結果とによると、右特約の趣旨は要するに石崖築造工事に瑕疵があつて崩潰等の発生する場合を慮り、請負人のいわゆる担保責任(民法第六百三十四条)を定めたまでであつて、特に、民法第六百三十六条の担保責任免除の規定を排除することまで定めた趣旨のものでないことを窺うに足りる。

七、被告の抗弁に対する判断

被告は、本件石崖築造工事について、契約当初の工事内容のごとく既存の旧い大谷石の石積部分をそのまま基礎として利用することは危険であると考え(一)この基礎となる旧い大谷石の部分から根本的にやり直すべきこと、及び、(二)石崖の途中に踊り場を設けること、の二点を勧告したが、原告会社は(二)の点につき西南面においては被告会社の勧告を容れて工事内容を一度変更したけれども、西北面については右(一)、(二)の双方ともこれを承諾せず、且つ、原告会社が旧い大谷石の石積部分をそのまま基礎とすることに差支ないと強く指図保証したのであるから、西北面の石崖の崩潰は一に係つて原告会社のこの指図保証に因つて生じたものであると抗争している。しかして、被告会社が(二)の点について勧告したと認められることは前述のとおりであるが、しかし、(一)の点をも併せて勧告した事実を認めしめるに足りる証拠が全然ない。また、証人塚田慶夫の証言及び被告会社代表者丸山武治の本人尋問の結果中、原告会社がその際被告主張のごとき指図保証を為した旨の供述部分は証人前田健二郎の証言に照してにわかに措信することはできない。証人平田錠四郎の証言と原告会社代表者荒川三治の本人尋問の結果、及び前掲甲第七号証、同第十号証の各写真とによれば、この間の経緯は次のごとくであつたと認定することができる。即ち、原告会社は被告会社から右(二)のような勧告を受けたが、工事はできるだけ土地の利用面積を減少しない設計方法で施工することが当初からの約定であつたし、西南面はともかくとして西北面には地境線真近くまですでに建物が建つていていたので、当初の契約どおり旧い大谷石の石積部分の上にそのまゝ新しい大谷石を積み上げることを要請した。これに対し被告会社はしからば第二の方法として右(一)の方法によるべきであるとか、幾分なりとも傾斜をゆるやかにするとかの方法を特に勧告することもなかつたので、原告会社は、契約当初に被告会社が旧い大谷石を基礎としても差支ないといつたかどもあり、さして工事に支障はないものと考え当初の約定どおり施工せしめることにした、とこのように認めることができる。被告の主張する右(一)の方法により旧い大谷石の石積部分を一旦全部取り外し、基礎工事から新たにやり直せば、途中に踊り場を設けなくとも原告会社の使用目的に耐え得る程度の石崖を築造できたことは証人坂井三郎の証言に徴して明かであり、かゝる工事方法がむしろ土地の利用面積を減少せしめないという約旨に合致する設計方法であつたのに、被告会社がその方法を知りながら(この点は被告の主張自体で明かである)特に重ねて勧告しなかつたことは結局、請負人たる被告会社が注文者たる原告会社の提供した材料又は指図の不適当なることを知つてこれを告げなかつた場合に該当するものといわなければならない。果してしからば、被告会社は前認定の特約の趣旨に基き、西北面の石崖崩潰によつて原告会社の蒙つた損害を賠償すべき義務があること明かである。

八、損害額の認定

よつて更に進んで損害額について按ずるに、先ず西南面の石崖損傷によつて損害が生じたとしても、この部分の損害はこれを除外し、事は専ら西北面の石崖崩潰によつて生じた損害に限られるべきであることはすでに述べたとおりである。しかして、証人平田錠四郎、同坂井三郎の各証言によつて西北面の石崖崩潰跡の復旧工事費の見積書として真正に成立したと認められる甲第六号証の一乃至四、及び、九の各記載によれば、原告会社は右復旧工事を訴外坂井三郎に請負わせ、同訴外人をして西北面の石崖を全面にわたつて取り除き、基礎に当る部分の土地を掘つて幅一間、厚さ四尺のコンクリートを敷きつめ、その上に石崖を築造し直させ、復旧工事請負代金として金百十八万九千六十円(甲第六号証の五乃至八、B工事費を除く)を支払つていることが認められるけれども、この見積書を一々検討してみてもこれが適正なる工事代金であるかどうか容易に判断することはできず、また、証人坂井三郎及び原告会社代表者荒川三治は、右は必要最少限度の工事代金であつたと証言、供述しているだけでその正当性を首肯せしめるに足りる根拠も明示されておらず、他に鑑定等の方法による立証もされていないので、右の金額をもつて直ちに原告会社の蒙つた損害額であると認定するわけにはいかないのであるが、本件にあつては、右復旧工事につき被告会社が原告会社に宛てて見積書を提出し工事代金を金七十七万三千六百円と計上している事実が被告の主張自体によつて明白であるから、この事実に徴し、原告会社が現実に支出した右金のうち少くとも被告会社が自から見積つた金額の限度までは適正なものであつたと認めるべきであるから、この金七十七万三千六百円の限度に限つて原告会社の蒙つた損害額と認定するのを相当とする。

よつて、原告の本訴請求中、右金七十七万三千六百円の損害賠償金の支払と、これに対する本件訴状送達によつてその支払を催告した日の翌日であること記録上明かな昭和二十八年九月二十日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、これを正当として認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条、第八十九条を仮執行の宣言については同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 高橋太郎)

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